遺伝子実験施設セミナーご案内
 この度、九州大学医学部臨床検査医学講座康 東天先生にお願いして、セミナーを下記のごとく開催する運びとなりました。康先生は、心筋梗塞をはじめとする様々な疾患におけるミトコンドリアの役割について精力的研究を続けられております。最近は、特にミトコンドリアの転写調節の解明に取り組んでおられ心臓疾患におけるユニークな研究成果を出されているようです。今回は、最近の成果を解りやすく説明して頂く予定ですので、若い先生方もぜひご参加ください。
皆さんのご参加を心からお待ちしております。

演題名:ミトコンドリアゲノムの維持:ミトコンドリア転写因子Aと活性酸素
演者:九州大学医学部臨床検査医学講座 助教授
康 東天 先生
日時:平成16年10月29日(金曜日)15:00-16:00
場所:遺伝子実験施設三階セミナー室
問い合わせ先:遺伝子実験施設 水上洋一(内線 2183)


ミトコンドリアゲノムの維持:ミトコンドリア転写因子Aと活性酸素
康 東天
 ミトコンドリアは原始ミトコンドリア細胞が原始真核細胞に寄生、共生の後、オルガネラ化した想像されている。ミトコンドリア電子伝達系において好気的ATP合成ために消費される酸素は、一般的な好気的細胞における酸素消費の約90%を占め、その1〜5%は活性酸素に転換されると考えられている。このような強い酸化ストレス元である電子伝達系の細胞内への取り込みは、その後の真核生物の進化にも決定的な影響を与えたと思われる。一方、このような強い酸化ストレスにいまださらされているミトコンドリアゲノムの障害は、がん化や加齢に伴う各種の病態に関与していると予想されており、ミトコンドリアゲノム維持は細胞の正常な機能の維持に極めて重要である。

 ミトコンドリア転写因子A (TFAM) はミトコンドリアゲノムの転写因子としてクローニングされ、その当時ミトコンドリアDNA1分子当たり約15分子程度しかないと報告されまま、長い間検証されることなくそのまま信じられてきた。我々は、TFAMが実はその値の約100倍量存在すること、およびその大部分がミトコンドリアDNAと安定的に結合していることを見出した。このことは、ミトコンドリアDNAがTFAMによって事実上全周が覆われていることを示唆しており、ヒトミトコンドリアDNAは核DNAとは違って裸に近い形で存在しているとの従来からの通説と大きく異なる、核様体構造を持ったミトコンドリアDNA像の構築をせまっている。これを踏まえ、TFAMのミトコンドリアDNA維持における多様な役割、特に構造因子としての機能の重要性を提唱している。
 その一つはミトコンドリアDNAの量の規定因子としてのTFAMである。RNAi法により、TFAM発現を抑制すると、TFAM量は漸減し4日後に約10%まで低下し、その後回復してくる。その低下と回復に全く並行して、ミトコンドリアDNA量は低下し回復する。また、過剰発現させても、その増加量に比例してミトコンドリアDNA量は増加する。この増加は転写活性のないTFAMによっても起こることとから、TFAMが構造因子としてミトコンドリアDNAに化学量論的に結合することでその"mass"を規定していることが示唆される。
もう一つはミトコンドリアDNAの保護作用でである。ミトコンドリアDNAは酸化障害を受けやすい。マウスの部分心筋梗塞モデルでは、非梗塞部は代償的なオーバーワークの後破綻し、心不全を引き起こすが、その破綻には活性酸素の産生増加が大きく寄与している。このような条件下で、ミトコンドリアDNA量は減少し、電子伝達系においては、ミトコンドリアゲノムでコードされている酵素のみが活性低下している。このことは、ミトコンドリアにおける活性酸素のprimary targetが蛋白質ではなくミトコンドリアDNAであることを示唆している。このような酸化ストレスによるミトコンドリアゲノム障害にTFAMが保護的に働いていることを示唆するデータをTFAM過剰発現マウスで得ており、TFAMの構造因子としての物理的な保護作用が予想される。
 ミトコンドリアゲノムは強い酸化ストレスのもと常に障害の危険性にさらされている。今後ミトコンドリアゲノムの構造的な理解がその維持機構の解明にも重要であろう。